大判例

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札幌高等裁判所 昭和32年(う)395号 判決

弁護人の所論は、要するに、鉱山保安法第五八条において、同法第五六条第二号、同法第七条第一項の違反行為をした者が従業者である場合、これを行為者として処罰の対象とする旨規定しているとはいえ、同法第七条第一項所定事項の遵守の義務者は、本来鉱業権者であつて、その従業者ではないことや、おおよそ行政犯は行政法規の課する義務の存在を前提とし、これに違反することによつてのみ成立するものであることに鑑みると、前記第五八条にいう処罰の対象となる従業者とは、鉱業権者に代つて、少くともその義務たる行為をするかしないかを決定すべき権限ないし責任を有する主要な地位にある従業者を指す趣旨と解すべきであつて、単にその末端の事務を分担させられている程度の従業者までも処罰の対象とする趣旨のものではないところ、これを被告人についてみるに、被告人は、鉱山保安法や石炭鉱山保安規則の上からも、本件茂尻鉱業所における職務分掌の上からも、原判示違反とされる無検定の精密可燃性ガス検定器を使用させるか、させないかを決定する権限ないし責任を有することなく、ただ末端の事務としてその受け渡しの事実行為をしていたにすぎないのであつて、もとよりその現に使用中の右検定器を使用からはずす権限もなかつたものであるのにもかかわらず、原判決が前記法条にいう従業者はその者自身が法令上の義務者であることを要しないとするだけで、原判示認定の事実につき、たやすく前記法条を適用して被告人を同法違反の罪に問擬処断したのは、法令の解釈適用を誤つた違法があるというのである。

そこで按ずるに、なるほど、いわゆる行政犯にあつては、行政法上の義務違反について、その責任を問うのが建前であり、したがつて、その責任を負うべき者は、行政法規による所定事項の遵守の義務を課せられた者すなわち法定責任者だけにかぎられ、法定責任者以外の者は、たとえ現実の違反行為者であつても処罰の対象とされないものであることは一応うなずける筋合である。しかし、行政法規は、もともと当該業務に関する行政上の目的を達成するための政策的、技術的要請に応ずることを目的とする立法であるから、一面法定責任者に一定の義務を課するとともに他面、その実効性を確保するため、法定責任者と特別の関係ある者に対しこれに協力せしめるべく行政罰を含む特別の定めをすることも可能であつて、かかる場合に、右特別関係者がその規定に従わねばならないことはもとより当然である。これを鉱山保安法についてみるに、同法は、鉱山の業務全体において保安を特に重視し、これを確保するための方法として特別の組織機構を設け、その機構内のそれぞれの地位、部署に就く者にそれぞれに応ずる特定の義務を定めているのであるが、鉱業権者の義務と定められている同法第七条等の事項は、結局保安に関する重要事項を一般的に定めているにすぎず、しかも、その実施面においては鉱業権者自体がこれにあたるというよりは保安管理者を頂点とする保安管理機構を設けて専門的技術的な事項についてはこれを保安技術職員その他の鉱山労働者に行わせることとしており、また機構上そうせざるを得ないのであるから、これ等従業者が鉱業権者の義務として定められた事項の代行について違反行為をした場合、その者が法定責任者として規定されていないゆえをもつて何等責任を問わないというのであれば、前記事情によつて鉱山の保安は期して望み難い結果を招来することは必然のことであるから、これを防止し所期の行政目的達成の見地から同法第五八条は、かかる従業者を処罰の対象としたものと解すべく、そして、かかる従業者である以上、その代行の態様がたとえ鉱業権者の手足的地位にあつたとしてもこれを除外すべきいわれはないと解するを相当とし、その限度において従業者もまた間接的に鉱業権者に課せられた行政法上の義務を負うものと理解されなければならない。原判決が右法条にいう従業者はその者自身が法令上の義務者であるを要しないと説示したのも、措辞簡に失する憾みはあるが、前記趣旨に解せられるから、これをもつて不当とするを得ない。そして原判決認定の事実によれば、被告人は、本件当時原判示会社茂尻鉱業所の検定器係として同鉱業所における精密可燃性ガス検定器の検査、修理ならびに受け渡し等その地位に応じて鉱業権者に代つて鉱業権者の業務に従事中原判示無検定の精密可燃性ガス検定器の使用禁止の義務を認識しながら、あえて原判示のような違反をしたというのであるから、その業務についての地位、責任が必ずしも主要な部署にある者と同一には論ぜられないとしても、ひとしく従業者として右違反の責任を免れるものとはなし難く、これと異なる見解に立つての所論は、にわかに賛同し得ない。してみると、原判決が被告人の本件所為につき所論摘記の原判示法条を適用したのは相当であつて、原判決には何等法令の解釈適用の誤はない。

(裁判長裁判官 豊川博雅 裁判官 羽生田利朝 裁判官 中村義正)

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